建物

お社(おやしろ)

お社(おやしろ)
境内はおよそ1万坪あり、緑に覆われています。古くは「黒山の府八幡」とか「天平の社」と呼ばれ、「静岡県の森百撰」にも選ばれています。
一般にお社と呼ばれている建物に神様が鎮座しておられ、その前で種々のお供え物をしてお祭をします。神様がおられるところを本殿、礼拝するところを拝殿、本殿と拝殿の間にあるのが幣殿で、神様にお供え物をし、神のお姿を目で確認する、象徴的な鏡や御幣があるところです。
幣殿(へいでん)
幣殿は拝殿の中にあり、むずかしい言葉で言うと、幣帛(へいはく)を奏奠(そうてん)する社殿。幣帛は神前に捧げる供物のことで、紙を切って木にはさんで垂らした御幣(写真参照)のことでもあります。御幣は神様の象徴で、小規模なお祭にも使われる身近なもので、庶民の食べ物のゴヘイ餅は、これに似ているところからついた名前です。また、幣殿には鏡も神の象徴として祭られています。
拝殿(はいでん)
拝殿は、お参りに来られた人がお祈りするところです。正面に賽銭箱が置いてあり、お賽銭を投げ入れ鈴の紐を振って、神様を呼び出します。二礼二拍手一礼して、願いごとをとなえます。お賽銭はなぜ投げ入れるのでしょうか。大切なお金をましてや神様の前で。これには、つぎのようなわけによるとされています。「自分お大切なものを投げることは、それに厄をつけて、身と心を祓い清めてしまう」ということです。現在の拝殿は、寛永年間から延宝4年(1676年)に建立されましたので、3百数十年前の貴重な建物です。
楼門と随身(ろうもんとずいじん)
楼門は二階建ての門のことです。現在の楼門は、寛永12年(1635年)に境内の一連の建物ともに、徳川家によって建立されました。
楼門の左右に、櫛石間戸神(くしいわまどのかみ)と豊石間戸神(とよいわまどのかみ)の隋身が衣冠装束をまとい、威儀を正して神々を守るために座っています。
中門(なかもん)
中門は、楼門をくぐると石垣に囲まれた長い参道があり、石灯篭のあいだを進むと、寛永12年(1635年)に徳川家の援助によって整備されたものです。
石灯籠(いしどうろう)
楼門から中門の間に、7基の石灯籠が建っています。
末社(まっしゃ)
拝殿から西北に進むと、東照宮の社殿があります。東照宮とは徳川家康をお祭する神社で、祭神はもちろん徳川家康。末社とは、本社に付属する小さな神社で、東照宮をはじめたくさんの末社がまつられています。
石造物(せきぞうぶつ)
拝殿の両脇に狛犬(こまいぬ)が一対向かいあっています。朝鮮半島にあった高麗(こうらい)から伝来した犬という意味で、神を守り悪を排除する獅子(しし)に似た聖なる獣です。
鳥居
鳥居は、神社の入り口を示すだけではなく、神社のシンボルです。かつての東海道に面して大きな鳥居が建っていましたが、安政元年(1854年)の大地震で倒れ、今は境内の駐車場に残してあります。安政5年に再建されました。
社務所
今の社務所は、昭和5年(1930年)に造られました。正面にお札場と事務室があり、会議や結婚披露宴をする大広間、中広間などがあります。玄関の屋根には、祭神ゆかりの鳩と神功皇后(じんぐうこうごう)、武内宿禰(たけのうちのすくね)の鬼瓦が乗っていて、府八幡宮の特徴をあらわしています。お社(おやしろ)
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 境内はおよそ1万坪あり、緑に覆われています。古くは「黒山の府八幡」とか「天平の社」と呼ばれ、「静岡県の森百撰」にも選ばれています。

 一般にお社と呼ばれている建物に神様が鎮座しておられ、その前で種々のお供え物をしてお祭をします。神様がおられるところを本殿、礼拝するところを拝殿、本殿と拝殿の間にあるのが幣殿で、神様にお供え物をし、神のお姿を目で確認する、象徴的な鏡や御幣があるところです。

 

本殿

honden1.jpg 最初に建立されたのは奈良時代ですが、何度も作り変えられ、現在のものは、江戸時代初期(元和3年=1617年)に再建されました。再建をした願主は、2代将軍、徳川秀忠の娘の和子(まさこ)で、後水尾天皇の皇后となって、東福門院と呼ばれた方です。徳川家康の孫娘によって再建されたのは、本社の神主であった秋鹿(あいか)氏が、家康と並々ならぬ深い関係があったからです。

 

幣殿(へいでん)

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 幣殿は拝殿の中にあり、むずかしい言葉で言うと、幣帛(へいはく)を奏奠(そうてん)する社殿。幣帛は神前に捧げる供物のことで、紙を切って木にはさんで垂らした御幣(写真参照)のことでもあります。御幣は神様の象徴で、小規模なお祭にも使われる身近なもので、庶民の食べ物のゴヘイ餅は、これに似ているところからついた名前です。また、幣殿には鏡も神の象徴として祭られています。

 

 

拝殿(はいでん)

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 拝殿は、お参りに来られた人がお祈りするところです。正面に賽銭箱が置いてあり、お賽銭を投げ入れ鈴の紐を振って、神様を呼び出します。二礼二拍手一礼して、願いごとをとなえます。お賽銭はなぜ投げ入れるのでしょうか。大切なお金をましてや神様の前で。これには、つぎのようなわけによるとされています。「自分お大切なものを投げることは、それに厄をつけて、身と心を祓い清めてしまう」ということです。現在の拝殿は、寛永年間から延宝4年(1676年)に建立されましたので、3百数十年前の貴重な建物です。

 

楼門と随身ろうもんとずいじん)

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 楼門は二階建ての門のことです。現在の楼門は、寛永12年(1635年)に境内の一連の建物ともに、徳川家によって建立されました。
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 楼門の左右に、櫛石間戸神(くしいわまどのかみ)と豊石間戸神(とよいわまどのかみ)の隋身が衣冠装束をまとい、威儀を正して神々を守るために座っています。

中門(なかもん)

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 中門は、楼門をくぐると石垣に囲まれた長い参道があり、石灯篭のあいだを進むと、寛永12年(1635年)に徳川家の援助によって整備されたものです。

 

 

 

石灯籠(いしどうろう)

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楼門から中門の間に、7基の石灯籠が建っています。

 

 

 

 

末社(まっしゃ) 

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 拝殿から西北に進むと、東照宮の社殿があります。東照宮とは徳川家康をお祭する神社で、祭神はもちろん徳川家康。末社とは、本社に付属する小さな神社で、東照宮をはじめたくさんの末社がまつられています。

 

 

 

石造物(せきぞうぶつ)

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 拝殿の両脇に狛犬(こまいぬ)が一対向かいあっています。朝鮮半島にあった高麗(こうらい)から伝来した犬という意味で、神を守り悪を排除する獅子(しし)に似た聖なる獣です。

 

 

 

鳥居

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 鳥居は、神社の入り口を示すだけではなく、神社のシンボルです。かつての東海道に面して大きな鳥居が建っていましたが、安政元年(1854年)の大地震で倒れ、今は境内の駐車場に残してあります。安政5年に再建されました。

 

 

社務所 

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 今の社務所は、昭和5年(1930年)に造られました。正面にお札場と事務室があり、会議や結婚披露宴をする大広間、中広間などがあります。玄関の屋根には、祭神ゆかりの鳩と神功皇后(じんぐうこうごう)、武内宿禰(たけのうちのすくね)の鬼瓦が乗っていて、府八幡宮の特徴をあらわしています。